「私が、性の話をする理由」

こんにちは。おしゃべり助産師シオリーヌこと、大貫詩織です。

助産師として性教育など様々な活動に取り組んでいる私ですが、時々

「どうして助産師になったんですか?」「なんで性教育の活動を始めたんですか?」

という質問をいただくことがあります。

 

そこで今回は、私が助産師をめざした理由。

そして性教育をすることにした理由をまとめてみました。

 

長くなりますが、お付き合いください。

 

とにかく自信がなかった思春期

 

今でこそ人前で話をさせていただく機会も多いですが、幼い頃は人付き合いの苦手な子どもでした。

 

小学校では女の子特有のコミュニティに馴染めず、中学では部活にもクラスにも居場所を上手く作れず、ちょっとしたいじめを受けていた時期もあり常に人の顔色をうかがっていました。

高校生になってからはなんとか友達を作らないとマズイと焦り、人見知りを無理やり隠して明るくフレンドリーなキャラになりきっているうちに、気がついたら人見知りを克服していました。

なんちゃら委員とかナントカ代表とか人前に出る役目も得意になって、人から褒めてもらえることも増えました。

 

それでもなんとなく「生きていきにくい感覚」は、私の中にずっとありました。

 

それはきっと、人からの評価に怯えている自分がいつもいたから。

 

そして 私みたいなヤツ と 仲良くしてくれる 友達には、常に何か恩返しをしてないとならないような、そうでないと友達でいてくれなくなってしまうような、不安がいつも付きまとっていました。

 

今思えばその生きにくさの正体は、自己肯定感の低さだったのだろうと思います。

 

自己肯定感は、生きる活力です。

 

「わたしは、わたしのままで価値がある」

 

そう思えることは大きな挫折を味わったようなときに、心がポキッと折れてしまうのを踏みとどまらせてくれます。

ポキっと折れそうな時、何とかしなってしなって、それをバネにして跳ね返す力に変えるのが自己肯定感ってやつなのです。

 

そしてその自己肯定感を育むことに大きく影響を与えるのは、やっぱり家族なのでしょう。

高校二年生の時、父親から「お前みたいな娘がいて恥ずかしい」と言われたことがあります。

 

クソがつくほど真面目な私は、それを聞いて17年間育ててきた親がそういうのだから私はとんでもなく駄目な奴なのだ、と真剣に受け止めてしまって。

だから私のような駄目な奴は人一倍努力しないと、居場所も価値も得られないのだと焦りました。

 

 

そんな風に凝り固まった思考で人の評価ばかりを気にする毎日は、当たり前だけど苦しかった。

 

ある程度の年齢になっても、自分が人に愛されるにはその人のためになる何かしらの条件が必要なんだ、という偏った考えを手放すことはできませんでした。

 

人が面倒がる委員や係は進んでやる。グループワークの発表なんかも自ら名乗り出てやる。

そういうメリットがあって初めて、私はだれかに必要としてもらえるのだと確信していました。

 

そんな私の考え方が少しずつ変わっていく、初めのきっかけをくれたのはある産婦人科医の書いた一冊の本でした。

 

高校三年生でその本と出会うまで、私は文系の普通の大学に進む気マンマンでした。

教師になりたいと思っていたけれど親に反対されて諦めざるをえず、やけくそで「もう大学ならなんでもいい」状態。

 

でもこの本をきっかけに赤ちゃんと家族に関わる仕事への興味がわき、色々と職業を調べているうちに助産師という仕事を目指すことに決めました。

きっと自分なりに悩んでいた「家族とは何か」という問いの、答えを求めていたのだと思います。

 

助産師になるには、理系の看護学科へ進む必要があります。

 

それまで文系の勉強しかしていなかった私が、高三の夏にいきなり理系に進むと言い始めた時、

確実に反対すると思っていた担任の先生が

「助産師、絶対向いていると思う!」

と満面の笑みで言ってくれたことがすごく嬉しかったのをよく覚えています。

 

少しずつ覚えた「素直でいること」

 

センター試験で大失敗しつつも、なんとか合格した第一志望の看護大学。

勉強は難しかったけど、助産師という職業に着々と近づいている実感があったから楽しかった。

 

ただ、大学という環境は私には酷でした。

大学にはクラスがなく、また新入生には委員長とか係とかの役職がないから。

 

これまで役割を持つ事で自分の価値を得てきた私は、大学でどう居場所を作ればいいのか、どうやって友達を作ればいいのか、全く見当もつかずに途方に暮れてしまいました。

そしてにっちもさっちも行かなくなって、とうとうある日、大学生にもなって学校の先生に「友達の作り方が分かりません」といって泣きついてしまいました。

 

というか、実際に泣いた。引くほど泣いた。

 

あの時何時間も私の話に付き合ってくれたあの先生には、一生頭が上がりません。

 

家族仲が悪く家庭に居場所がないこと、自信がなく人付き合いがすごく苦手なこと、それがとても苦しくてどう解決したらいいか分からないこと、そんなことをひたすらに話し続けたように思います。

 

ところで私には、辛いことを笑って話すクセがありました。

 

当時、友人に愚痴や悩みを話すときはいつも笑いながら落ち込んでなどいないように話していて、それを聞いた友人が「それやばいね!」と笑ってくれると、安心しました。

 

悩みは聞いて欲しいけど、私なんかの話で友人を困らせたくない。暗い雰囲気の自分を見せたくない。みたいな気持ちだったと思います。

 

だからこの時大学の先生に相談をした時も、私は笑って話していました。

でも先生の反応は、これまで経験した友人の反応とは大きく違った。

 

先生は、すごーーく怒ったのです。

生徒を注意するときの、何倍も険しい表情で。

 

「どうして子供のあなたがそんなに辛い思いをしているの」

 

あまりにも先生が怒るから、

「なんで先生がそんなに怒るんですか?」と尋ねると、

「あなたが笑ってるから、代わりに怒ってるんだ」と先生は言いました。

 

「辛い時は辛い顔して話していいんだよ」とも。

 

私のために怒ってくれる人がいる。そう実感した途端、なんだかとても力が抜けて、わんわん泣いた記憶があります。

 

家族にも学校にも居場所がない、と感じると子どもは途端に孤独になる。

 

その時寄り添ってくれる大人がいることは、私たちが想像する以上に子供の救いになると思います。

先生の前で、うわーんと泣いたその日から、私は少しずつ素直になる努力を始めました。

それは先生が「友達になれなくて困ってるなら、友達になりたいと思っている子にその気持ちを正直に伝えてみなさい」と教えてくれたから。

 

いざ実践してみると、20歳そこそこの大人が「あなたと友達になりたいけどどうしたらわからない・・・」とか言ってくるものだから

周囲の子たちは「いや、わざわざ何なの(笑)」的な反応だったけど

 

でもそれで否定的な態度をとられたことはなくて、みんな笑いながらそれを受け入れてくれました。

 

サークルの友達や看護学科の友達、みんなに少しずつ、素直に接することを心がけていたら、なんだかんだ自然に友達が増えていきました。

 

友達になる。とてつもなく難しいことだと思ったら、すごく単純だった。

私がそれを勝手に、難解な問題にしていたようでした。

 

思い返せば、勝手に孤独だーと悩んでいた中学、高校時代にも私がちゃんと受け取れていなかっただけで、私を好きで、友達でいてくれる子はちゃんと居ました。

 

私はちゃんと、大切にしてもらっていた。

そのことに、この時にやっと気がついたのです。

 

私は傷付くことを恐れて勝手に殻に篭って、一人ぼっちだと思うことで自分を守っていたのかもしれません。

 

それからそうやって少しずつ友達が増えていく中で、一つ大切なことに気がつきました。

 

それは私が今まで、人からもらう褒め言葉を全く素直に受け取っていなかったということ。

 

人に褒めてもらっても「いやいや、そんなお気遣いいただいてすみません」と言いながら否定することが多く、それは自分自身も一緒に否定し、褒めてくれたその人も否定していることだと感じたのです。

 

そう思ったら、今まで優しくしてくれた全ての人になんだかすごく申し訳なくなりました。

 

だからそれからは、褒めてもらったら素直に喜ぶことにしました。

そしたら私も相手も嬉しくて、幸せだなーと思って。

 

でも20年間築いた習慣を変えるというのは、なかなか難しくてその気難しさを手放すまでにはとても長い時間が必要で、その過程にも色々な出来事がありました。

 

認められたくて溺れた、過激なダイエット

 

大学生の頃、たくさんの友達や先生のおかげで自己肯定感というやつは少しずつ育っていったのだけど、

それでも長年自分の中で築かれてきてしまった「でも私は結局最後は1人になる、愛される価値のある人ではない」的な呪いはとてもしぶとかった。

 

あるいは、そうやって予防線を張っておくことで、いざ何かが起きた時のショックを和らげようとしていたのかもしれません。

 

「ほら、だから嫌われた。最初から期待してなかったもん。ショックじゃない」

 

そう納得するために、保険をかけていたのでしょう。

 

大学時代の大半を共に過ごした当時の恋人は、私にすごく、女性らしさ、を求める人でした。

フリルの付いたブラウスや、花柄のスカートを着てスタイル良く、愛想も良く、料理も上手。そんな女性が理想だったようです。

 

今でこそ「そんな時代遅れでジェンダー差別まみれの思想をうんぬんかんぬん・・・」と、意見できる私になったけれど、当時はとにかく嫌われたくなくて努力をしまくりました。

 

そんなある日、少し痩せたら彼からすごく褒められた。

それが嬉しくて、私はどんどん食べなくなりました。

丸一日の食事が500キロカロリーに満たない日なんてざら。

お米、揚げ物、肉、魚、脂肪になりそうなものがすごく怖かった。

お腹がいっぱいの状態で眠るのが怖くて、夕方以降は食事を摂らずバイトや学校の後に必死で運動。

 

そうしたら、半年ちょっとで15キロ痩せました。

 

彼からは、すごく褒められました。

友達からは心配もされたけど、耳に入らなかった。褒め言葉だけが心に残って、ますますダイエットのやる気を高めていたのです。

 

でもたまに我慢の限界がきて、いわゆる過食というものもしました。

それで、全部嘔吐する。

 

そんな日々の繰り返しの中で、ストレスのコントロールにはアルコールを使っていました。

酔っ払って、ぼんやりすることで、色んな日常から目を背けていたのでしょう。

 

当時は家族のこととかも色々あったから、そんなごちゃごちゃも全部。

 

そんな日常から目が覚めたのは看護学科の厳しい実習の最中、さすがに炭水化物を摂らないと体力が持たなくて、それでも茶碗半分くらいのおかゆを食べるようになった時。

 

少し食べたら簡単に体重が増えてきて、そしたら恋人から「痩せていた時は可愛かったのにね」と言われました。

 

あ、このままじゃ身体がおかしくなる。
その時に初めて思いました。

 

そこから一進一退しつつも少しずつ克服して、今ではあるがままの私を認めてくれる皆様のおかげで体重は肥満一歩手前まで増加し、少し痩せた方がいいくらい。

 

着られる服も限られるし、座ればお腹に肉が乗るけど、それでもご飯が美味しい今が幸せ。適量のお酒を楽しめる今が幸せ。

 

拒食、過食、自傷行為に様々な依存症。

 

思春期の子供たちがとるそれらの行動は、日常生活の何らかのしんどさから自分を守る方法であることが多い。

「問題行動をとる困った子供」ではなく、その子自身が「困っている子供」

 

小さなSOSから、子供を救いあげられる社会にしたい。

 

経験を、力に

 

思春期のころから、人と同じように友達付き合いや先輩後輩付き合いが出来ないのは自分の努力が足りないせいだと、ずっと思ってきました。

 

ですが今になって客観的に振り返ると、家庭環境や学校での上手くいかなさが、自己肯定感の低さや人づきあいへの恐怖心に繋がっていたのではないかと感じます。

 

今の私は、その性質をだいぶ克服しました。

 

好きな物を好きと言い、好きなことをする。
友達や家族に甘え、つらい時は泣く。

 

そんな事が少しずつ、出来るようになりました。

 

それは全て、私の周りで私を肯定し、励ましてくれた人たちのおかげです。

私は自分が困難に立ち向かってきたこの経験を、少しでもプラスに変えていきたい。

ひどく生きづらかったあの頃があったから、今困っている子どもたちに出来る事があると思いたい。

 

もしかしたらそうして子どもたちに返して行く事で、子どもでいていい時期に子どもらしくいられなかった自分を癒そうとしているのかもしれません。

 

きっとこれが、私が性の話をする理由。

 

これからも頑張ります。
見守って、応援して下さると嬉しいです。

 

「私が、性の話をする理由」” への3件のフィードバック

  1. しーぽん⭐︎の 元社長 のコメント:

    いい話だった。
    壮絶な経験あるいは人生を語っているようだけど、今現在がとっても幸せであることがにじみ出ているから不思議と悲壮感を感じない素晴らしい文章だった。
    あたりまえに性を語る取り組みに注目していたが、その背景によって、より深く感銘をうけた。
    これをシナリオとするならば、エピソードを所々に散りばめれば、立派な私小説になるほどだ。
    今後の検討をお祈り申し上げる。
    「一軍の集い」も、再開を心待ちにしています。

  2. ちひろ のコメント:

    たまたま目にして読ませて頂きました。
    自分とよく似た家庭環境で、
    同じような経験をされてきた方なんだなぁ、
    うんうん
    その通り……
    と深く共感しながら読ませて頂きました。
    ありがとうございます♡

  3. たまかな のコメント:

    シオリーヌさん 告白してくれてありがとう
    本当に素直に心から思いました
    辛い経験を語ることは、辛い経験をもう一度再現すること…身を引きちぎられる感覚なのだと思います…
    でもでも、たっくさんの人に、勇気!と力!と一人じゃない!っていうメッセージが伝わっている!と感じます
    さはに、告白するって、自分から一歩ずつ進んで乗り越えて、過去を糧にできた瞬間なのだと思いました
    …恋の告白も、怖さだけだったら行動しないですよね!

    シオリーヌさん やっぱりすごいです!とっても魅力的です!一生応援団でいさせて下さい!

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