シオリーヌの生い立ち全公開!詳細プロフィール

 

皆さんこんにちは。おしゃべり助産師シオリーヌこと、大貫詩織です。

 

 

さて今回はこのサイトを運営する私シオリーヌの人となりを、包み隠さずお話してみようと思います

 

生い立ちから黒歴史満載の過去までどどっと公開していきますので、この記事を読み終わるころには私がどんな人間なのかよ~くご理解いただけることでしょう。

 

さほど有益な情報はないので、私の人となりをぜひ知りたい!という奇特な方は読み進めて頂けたらと思います。

 

 

シオリーヌってどんな人

基本的にエネルギッシュ元気人間です。でも根はクソ真面目で、たぶん頑固。

歌うことと笑うことが好きです。

 

答えのない考え事も大好きで、人とそんな話を延々としながらお酒を飲む時間が至福のとき。

 

あと何と言っても食べることが大好き。

好きな言葉は「大盛り無料」「おかわり自由」

 

実は摂食障害だった過去がありますが、今は健康的なご飯を楽しみつつ外見以外の基準で自分を認められるようになろうと努力している最中です。

 

▼摂食障害の話はこちらで

自分の外見が嫌いすぎて苦しいあなたへ。摂食障害の過去から学んだ、そのままの自分を認める方法

 

私は今性教育など子どもたちを支援する仕事をしていますが、私自身も家族が不仲だったことやいじめ体験があったことから、生きづらさを抱えた若者でした。

 

“自分の居場所はどこにもない”

“ありのままの自分は愛される価値がない”

 

そんな風にいつも考えて生きていました。

 

でも有難いことに沢山の良い大人や仲間と出会って、支えてもらい、見守ってもらい、少しずつその偏った考え方を消化することが出来ました。

 

今は毎日が楽しくて楽しくて、仕方ないです。

 

そんな自分の体験が、今まさに苦しさを感じている子どもたちの役に立つのではないか。

同じような辛さを抱えて生きる子どもたちの心を、少しでも軽くする手助けがしたい。

 

そんな思いから、私は性教育という方法で子どもたちを応援することにしたのです。

▼性教育をする助産師になった理由もあらためて記事にします

 

 

シオリーヌの生い立ち

ここからはそんな私がどんな風にして出来上がってきたのか、生い立ちを紹介します

 

 

●THE優等生だった幼少期

神奈川県横浜市の小さな産院で誕生。母曰く、あまり手のかからない子だったそうです。

幼稚園生の頃からピアノを習い始め、この頃から音楽好きに。

 

運動オンチなせいか室内遊びが好きで、特に工作好きな子どもでした。わくわくさんは当時の私のアイドル

 

小学生の頃から真面目な優等生で、学級委員なんかにすすんで立候補するタイプ。

(音楽クラブってやつに入っていた)

 

宿題もちゃんとするし、いたずらなんかはしないし、徹底的に優等生でした。

学校で先生に怒られる、という経験は下手すると一度もしたことがないかもしれません。

 

 

●女子グループに苦戦した中学生

中学では吹奏楽部に所属。

音楽は大好きなので部活自体はすごく楽しかったですが、思春期特有の女子グループのねちねちした雰囲気に馴染めず完全に滅入っていました。

 

クラスでもやっぱり典型的な優等生、という感じで勉強だけが取り柄。

クラスメイトからの呼び名はもちろん「大貫さん」。定期テストの直前だけ人気者でした(私のノートが)

 

中学3年のクラスでは女子全員から無視をされるという経験をしました。

登校したら上履きに『死ね死ね死ね死ね』と書かれた手紙が入ってたり、よくある嫌がらせもあり学校は結構しんどかった。

 

でも吹奏楽が好きだったこと、他のクラスや塾に信頼できる友達がいたこと、どうしても行きたい高校があったこと、最後は意地もあって、中学は皆勤賞で卒業しました。(このへんが頑固)

(心の支えだった塾の友人たち)

 

 

●笑いに没頭した高校生

文化祭を見て以来憧れていた、第一志望の高校へ入学。

(バンドがやりたくて選んだ高校だった)

 

この学校は生徒の個性をとても大事にしてくれる校風で、生徒も面白い人ばっかりだったので、友人もできとても楽しく過ごすことができました。

 

ただ高校時代は家庭内のイザコザがピークで少々やさぐれた思春期でした。

学校はさぼり放題。70近くあった偏差値は40台に落ち、優等生だったのは過去の栄光と化しました。

 

しかしそんな私を救ってくれたが、お笑いの世界でした。

お腹を抱えて笑っている間は、色んな辛いことを忘れられて本当に楽しかった。

 

気がつけば学校を休んで月15本もライブを観に行くお笑いオタクになっていました。

 

そのうち自分もコンビを組んで、漫才を始めました

(絶妙にダサいコンビ名ネクタイは手作り)

 

相方は今もトークユニット一軍の集いを一緒にやっている、星乃しほです。

 

ハイスクールマンザイという高校生のM-1のような大会に出たり、学校でも文化祭や卒業式など色んな場面で舞台に立たせてもらいました。

こうして昔から人前で芸を披露する経験があったことは、現在の講演活動にとても役立っています。

 

いろいろあって高校3年になって助産師を目指すことに決め、やっとまた勉強をするようになりました。

▼なんで助産師を目指したのかという話は、また後日

 

 

●摂食障害と家族関係に悩んだ大学生

大学に進学し、看護学科の助産師コースへ。

高校卒業と同時に両親は離婚。大学入学から少しして一人暮らしになりました。

 

勉強は将来の仕事に直結している感じがして楽しかったし、やりたくて選んだことだったからモチベーションも高かった。

ただハードな授業や実習、それに上手くいかない恋愛や家族の病気のケアなども重なり、心には余裕のない学生生活でした

 

(音楽をやっている時は、本当に楽しい時間だった)

 

当時交際していたパートナーがきっかけで摂食障害の状態になり、心身ともに健康ではなかったと今ふり返ると感じます。

 

また当時体調をくずした家族のケアを私一人で担っていたことも10代の私には荷が重く、そんな風に感じてしまう自分に罪悪感を感じたりもして、家族のむずかしさを痛感しました。

ただそうして患者家族の気持ちを知れたことは、今現在のナースとしての仕事で大いに生かされているので大切な経験だったと感じています。

 

アルバイトでは塾講師を4年間。

ここで学んだ教えることの楽しさが、今の性教育の活動につながっています。

 

 

●そして大人の今

大学卒業と同時に助産師、看護師、保健師の3つの資格を取得。

新卒で総合病院の産婦人科病棟に就職しました。

(手に持っているのは、毛糸のおっぱいです)

 

病棟での勤務はやりがいもありましたが、ただただ目の前の仕事をこなすような毎日。

勤務して3年目になったとき、病棟の一スタッフとして働くだけでなく自分にしかできない仕事をしたいと感じるようになりました。

 

助産師としてのスキル、お笑いで培った人前で話すのが好きという気持ち。

そして塾講師の経験から知った子どもと話すのが好き、教えるのが好きという感覚。

 

そこから自然と性教育に興味を持ちました。

 

そのタイミングで、縁あって助産師会の性教育委員に加入し性教育の講師デビュー。

 

また根拠のある専門知識をきちんと持った講師になろうと、思春期保健相談士という資格も取得しました。

 

そうやって勉強を進めるうちに、講演の時だけでなくもっと日常から困難を抱える子どもたちのサポートをしたいという思いが強くなり、丸3年勤めた産婦人科病棟を退職

助産師としては異色の精神科に転職したのでした。

 

 

精神科で勤め始めて3ヶ月ちょっと経った頃、同級生の集まるイベントで阿佐ヶ谷にあるぺーたーずという店を訪れました。

そこで出会った皆んながあまりにも楽しそうに仕事して、生き生きとしていて、その姿にとてつもなく刺激を受けました。

 

私は、私の人生を心から楽しみたい。

皆んなとの出会いからそんな気持ちがどんどん大きくなりました。

 

そしてその翌月には、ぺーたーずの運営メンバーになりました。

 

また同じ頃元相方の星乃さんから声をかけてもらって、同級生のピン芸人しんぷる内藤くんも加えた3人でトークユニット一軍の集いを結成。

同じ場所で思春期を過ごした仲間。

 

それぞれが違う場所で頑張っている今、時々顔を合わせては真面目な仕事の相談をしたり、くだらない馬鹿話で笑ったり。

そんな風に切磋琢磨できる存在があることに、日々支えられています。

 

 

精神科病棟で勤め始めて1年が経ったころ、病棟の上司に「病棟の患者さんに性教育をする機会がほしい」と伝えました。

せっかくの入院という機会に、自分と向き合うひとつの手段として性の正しい知識を身につけてほしい、そんな願いがありました。

 

有難いことに申し出をこころよく受け入れていただき、2018年春よりSRE(Sex and Relationships Education)プログラムという

性と人間関係についての教育プログラムを開始しました。

まだまだ試行錯誤の段階ですが、患者さんから「こういう話をできる場ってないから嬉しい」という声をいただいたりもして、やりがいを感じています。

 

性教育の講師の仕事も、有難いことに徐々に活動の規模が広がってきました。

 

学校だけにとどまらず、不登校の子どもたちの通うフリースクール、地域で子育て中のママが主催してくださるお話し会、同年代を対象にした性を語る飲み会、など多くの場で講師としてお話をさせていただいています。

 

これまでのたくさんの経験を糧に、これからも多くの方の生きづらさを取り除けるような活動を続けていきたいと思っています。

 

 

大切にしたいこと

昔は愛情をもらうのが、すごく下手でした。

 

本当はたくさんの人に大切にしてもらってるのに

 

「そんな風に言ったって本当は…」

「私なんかどうせ…」

 

と口ぐせのように言いながら、その愛情をちっとも受け取ろうとしてこなかった。

 

でも今こうして多くの人と出会って、温かい言葉をいっぱいかけてもらったことで、これまで貰ってきたいくつもの愛情にも気づくことができました。

 

みんなのおかげで、生きてこられた。

 

その感謝を忘れずに、今度は私が大きな愛情を、大切な人達にそそいで生きていきたいと思っています。

 

「笑顔をつくる仕事がしたい」

 

これから一生かけて叶えたい、私の夢です。

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

 

私という人間にご興味もっていただけましたら、ぜひ他の記事やTwitterなどの活動もご覧いただけると嬉しいです。

イベントや講演活動も日々行っていますので、ぜひ遊びにいらしてください!

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA